
精神疾患で入院から起業へ
僕が起業を決意したのは、30歳を過ぎてからのことです。実は30歳の時にも一度起業を考えたことがありました。
精神疾患の症状が再発したタイミングで、会社に属して働くことが自分の中でバランスが取れないと感じていたからです。でも、そのときはノウハウも経験も全くなかったので、結局また勤め人として働くことになりました。
転機が訪れたのは2023年の暮れでした。再び体調を崩し、入院することになったんです。それをきっかけに会社も辞めて、まずは自分の障害と向き合い、治療に専念しようと決めました。
2024年になって、就労継続支援B型事業所に通うようになりました。社会とのつながりを切らないようにという意味で、そこで仕事をしながら治療の時間もしっかり確保していたんです。
でも、しばらくすると「いつまでこの生活をしていくんだろう」という想いが湧いてきました。
そんなとき、「ここの職員さんたちへの恩返しと、利用者さんたちへ恩送りがしたい」とふと思ったんです。
そして考えついたのが、僕が一人のお客さんとして、その事業所に仕事を依頼する側になることでした。お金をお支払いをして、お仕事をしてもらうことで、職員さんへの恩返しになるし、利用者さんたちに僕の姿を見て「自分もできるかもしれない」という希望を持ってほしかったんです。
もう一つ大きなきっかけがありました。
それあは隣人の独居死です。僕が引っ越した先の隣人の方は、ご近所との付き合いもない様子で、お身内もいなかったという事を後から知りました。その方が去年の夏に、管理会社の方が訪問された際に、すでに亡くなられていた所を発見されました。亡くなってからも誰にも発見されないという事が起きてしまった。
数日前には外を歩く姿を見ていたのに。もっと近所付き合いがあったら、こんなことにはならなかったかもしれない。
そう思った時、僕は自分の将来と重ねてしまいました。僕には身内がいないので、頼れる人がいません。自分も将来こうなるかもしれないと思った時、本当に怖くなったし、そうなってはいけないと強く感じました。
障害者雇用を変える4つの事業──アパレルブランドとコミュニティ創造
現在、僕は主に4つの事業を展開しています。
まず、オリジナルアパレルブランド「oración stars(オラシオンスターズ)」の運営です。
「oración」はスペイン語で「祈り」という意味で、ロゴの下には6個の星がついています。これが僕の事業の核となる部分です。僕が通っていた就労支援B型事業所に服作りの一部を依頼して、継続的かつ安定的に賃金をお支払いできるような仕組みを作っています。
例えば、企業や個人のお客様からオリジナルTシャツやユニフォーム、バッグなどのグッズのご注文を受けた際、プリントしたいデザインを僕とクライアント様でお打ち合わせし、用意したものを事業所に送り、プリンターでの印刷から圧着機やアイロンを用いての圧着、梱包までをしてもらうんです。僕のブランドの商品にはミシンでのネームタグの縫い付けもしてくださっています。
二つ目は、ファッションコーディネーターとしての活動です。アパレルでの経験を活かして、老若男女問わず、ファッションを含めたトータルコーディネートを支援しています。自宅に眠っているどうやって着こなしたらいいかわからない服を復活させるお手伝いをしています。
三つ目は、起業家さんのコミュニティ創造です。起業仲間がつながる交流会を主催して、創業直後や創業に足踏みしている方たちが悩みを相談し合ったり、自分の事業をPRしたり、仲間を作って寄り添い合える場所を提供しています。
僕自身、起業当初は周りに教えてくれる人がいなくて、同じ目線で悩みを話せる相手もいませんでした。そんな経験から、みんなが気軽に相談できる場所があってもいいなと感じて、始めました。
四つ目は、ボランティア活動です。障がい当事者やご家族の不安や悩みに寄り添い、傾聴を行っています。
「忘己利他」と「心儲け」
すべての事業に共通しているのは、人と人がつながることです。人が人とつながっていかないと、孤独はなくなりません。人が社会と何か交わるきっかけがないと、孤立してしまうということを、僕自身が身をもって体験したからです。
「oración stars」という名前に込めた想いも、ここにあります。
25歳の時、僕の障害の症状が一番ひどかった頃、ふとした時に「祈れば、どんなに曇っている環境でも、いつか晴れ間が見える」という気持ちになったんです。
アパレルの仕事に就いたのがちょうどそのタイミングで、そこから症状も安定していき、27歳の時には病院の先生から「もう来なくても大丈夫」というお墨付きをいただきました。自分がやりたい仕事があったからこそ、そこに向かえるように、祈っていた部分もあったのかなと思います。
病院の先生からお墨付きをもらったときは、闇の中から抜け出せたような気持ちになったので、祈りという言葉は自分の中で大切にしているんです。
仕事をする上で大切にしているのは「忘己利他」という考え方です。自分のことよりも他の利益を重視する精神です。そして「金儲けより心儲け」ということも大切にしています。心儲けとは心の豊かさを追求することです。
今の時代は、精神的余裕が本当にない世の中だと思っています。お金を稼がないと生活ができないけれども、お金を稼ぐためだけに身を粉にして働いている人がとても多い。それが家庭でのトラブルにつながり、居場所をなくしていく人も多いんです。
大人がお金を稼がないと生活できないのは百も承知ですが、それで心がなくなっていっているなと感じています。もう一回、心に潤いを持つタイミングなんじゃないかと思うんです。心に潤いがある人が、この世界に多くなればきっと精神を病む人も減るのではないかと思っています。
信頼ゼロから始まった起業
起業の最大の課題は、信頼を築くことでした。
勤め人だった時には、会社組織が信頼を担保してくれていました。でも事業を始めてから、そんな後ろ盾がないということに気づいた時は本当に悩みました。
でも、信頼がないなら勝ち取ればいい。そう考えて、とにかくたくさんの方とお会いして自分を知ってもらい、相手に寄り添って、自分の人間性を信頼してもらう努力をしていこうと決めました。
オンラインだけでは分からない、リアルでお会いして自分を知ってもらうことに時間などのリソースを注ぎ込みました。
僕の障害の経験が、実は事業に大きく影響を与えています。
18歳で境界性パーソナリティ障害を発症し、精神科病棟への入院を繰り返したり、身体拘束や保護室での経験もありました。18歳のときには父親も癌で亡くなり、一番慕っていた人が目の前で死ぬということを見たからこそ、人に寄り添えると思っています。
また、障がいを持っている方たちと協業していることを前面に出してお話させてもらっているので、「私も実は……」とか「私の家族が実は……」と話してくださる方もかなり多くいます。
そういう方たちの気持ちが痛いほどわかるというか、自分が経験してきたことと同じものなので、今その人たちがどういう言葉を欲しいのかがすごく感じられるんです。僕が話を聞くことで、少しでもその人の心が軽くなるのであればと思っています。
起業をするなかで、忘れられない出会いもたくさんあります。
マルシェで出会ったお客様で、お子様が後天的な障害を抱えながらも必死に社会生活を送ろうと頑張っているけれど、一人で生きていけるのか心配だというお母様と出会いました。このお母様は、支える家族としての辛さを吐き出せる場所がなかった様子で、涙しながらも話し終えた時には、どこか安心したご様子でした。これは、この家族が存在し続ける限り向き合っていくしかない問題なのかもしれません。
非情なことに、そこに手を差し伸べる人が今の社会では見つからない。それなら、せっかくの御縁でつながった僕ができる限り、手を差し伸べ続けていこうと考えています。僕は自分の背中を見せて、障がい者の方に希望を持ってもらいたいという想いと同時に、ご家族にも寄り添い、孤立しないように想いを吐き出せる場所で在りたいという想いもあります。
孤立しない社会づくりへ──精神疾患600万人時代の新しいまちづくり構想
今後、コミュニティをどんどん広げていこうと思っています。ただし、これは自分の目の届く範囲に収めておきたいんです。
すべては寄り添いなので、自分の目の届く範囲で、その人が困っている時に寄り添える範囲でいたい。信頼できる人を今後どんどん増やしていって、それでみんなが寄り添い合える社会にしたいなと思っています。
今の日本は精神疾患で苦しんでいる人が600万人もいると言われています。
なかには会社組織で感じた違和感で心を病んでしまう人もたくさんいます。なのに、社会はそんな人にも、生きていくために必要だからと組織に属することを強いているような気がしています。
でも、時代を遡れば、各家でそれぞれに仕事をしていた時代がありました。
今の僕は、歴史に学んで、新しい形のまちづくりをしたいと考えています。想いを共有し合えるコミュニティを創り出して、ミニマムでも良いので新しい経済圏を生み出す。そうすることで、なくなってしまった共助を改めて生み出して、誰一人として孤立しない「まち」を創りたいと考えています。
障害者雇用についても、正社員と障害者雇用の格差をなくせるような会社にしていけたらと思っています。
精神障害者の雇用は本当に少なくて、僕自身も「うつ病の人はわがままを言うから雇わない」と言われたことがあります。でも、そもそも適材適所ができていないからだと思うんです。その人に合う仕事を社会が作り出していかない。僕はそう考えています。
心の不調を抱えながらも一歩踏み出したい方、起業に迷われている方へ
もし今、生きている中で苦しさや希望なんてないと思うのなら、一度立ち止まって自分との対話をしてほしいと考えています。自分は何者で何に喜びを感じて、将来どんな人間になりたいのか。それを見つめ直してほしい。
心の不調を抱えながらも一歩踏み出したい方、起業に迷われている方には、とにかく誰でもいいから人とつながってほしいと思います。どうか寄り添ってくれる人につながってほしい。そうすれば、きっと一歩踏み出せると思うんです。
ただし、寄り添えるだけの心の余裕のある人が少ないのも現実です。だから僕でもいいし、誰でもいいから、話していて安心できる相手、話すことで心のつっかえが取れるような相手が一人でも見つかってくれれば、きっと前に進めるんじゃないかなと感じます。
当たり前かもしれませんが、起業したての頃はお金なんてありません。勤め人の頃のほうがよほどお給料は高かったです。でも金儲けよりも、精神的な豊かさを追求できる心儲けができるのが起業だと思います。共に手を取り合って、みんなで生きていきましょう。社会が共助を取り戻すまで、僕の活動は終わらないと思っています。
【公式HP】
https://oracionstars.kuunethp.jp
【公式LINE】